北朝鮮渡航記 第6話最終回 飛行機のチケットがとれていないだと?
色々あって迎えた最終日。いよいよ帰国の途につくことになった。
いつものようにデジャヴのような朝食をとっていると、Mさんがやけに堅い表情で我々に告げた。
「どうも飛行機のチケットがとれていないようです。私がこれから交渉してきますから、皆さんは心配しないでロビーで待っていてください」
Mさんが交渉先に向かったあと、我々は互いに顔を見合わせた。
心配するなと言ったがそんなの無理だ。
我々は今後について語り始めた。
「もしチケットがとれなかったらどうする?」
「どうするもこうするも、次の便までここに残るしかないでしょう」
「それは困る。オレ、次の仕事があるんだよ……」
それは皆同じだ。
「もしその便もとれなかったら?」
「……」
語れば語るほど話題は暗く重たくなってくる。
そのうち誰かがこう言い出した。
「人数の半分だけチケットがとれたりして。そうしたらどうします?」
「くじびきするか?」
「いや、技術を持った人間が残るべきだろう。数日とはいえ世話になった国に技術の伝達をして、同業者への義理を果たすべきではなかろうか」
「技術ねえ。だとすると撮影だな。な、池端」
「あはははは、何を言ってるんですかKさん。私なんかさっさと撮影から逃げ出して演出に転向した男ですよ。撮影技術ならSさんの方が遙かに上でしょう」
「お前は先輩を売るつもりか!? あ、そうだ。こんな年寄りより若いやつの方が未知の環境に適応しやすい。やっぱり池端、お前が残れ」
「いや、Sよ。撮影技術ということなら、お前以外に適任者はいない」
「K。お前の編集技術こそ、この国に役に立つのではないか」
「うっ……。あ、確かお前作画出身だろう? な、A」
「え?! いやあ、僕は動画ですから。あまりお役に立てるとは思えません」
我々技術屋の醜い争いをプロデューサーが無責任に笑って見ている。
あんなに和やかだった我々の間を霧のように疑心暗鬼が漂い始めた頃、Mさんが戻ってきた。その口元には笑みが浮かんでいる。
我々の緊張がゆるんだ。
「皆さん喜んでください。交渉して何とか半分手に入れてきました」
「え!?」
我々全員が先日見学した銅像のように硬直した。
私の脳裏には様々な思いが、いつかテレビで観た北朝鮮の軍事パレードのように行進して行った。
Mさんはそんな我々に笑顔を向けた。
「はは、ジョークです。ちゃんと全員のチケットがとれました」
全くシャレになってねえのであった。
心臓が止まるかとおもったぜ。マジに。
こうして我々は無事にこの国をあとにしたのだった。
朝鮮民航機は北京へと飛ぶ。互いの心に芽生えた疑心暗鬼の思いをのせて。
おわり
■おまけ
成田に到着後、我々はすぐに空港内のコーヒーショップに向かった。
とにかくくつろぎたかったのだ。
北朝鮮に滞在中は面白おかしく過ごしているようでも、なんだかよく分からない緊張感に常に締め付けられているような状態だったのだ。
ほっと一息ついてアイスコーヒーを飲んでいると、誰かがぽつりと言った。
「日本ていいな……」
その言葉に全員がうなづいた。
そうなのだ。夜景が綺麗で、人々に活気がある。好きな時に好きな場所へ行き、好きなことができる。何を食べても構わない。誰かに監視されているわけでもなく、権力者の悪口を言っても逮捕されることもない。
あたりまえのことなのに、なんて素晴らしい事なのだろうか。
※──この文章はすべて事実を元にしていますが、一部に私の記憶違いや、かなりの誇張があるかもしれません。その場合は、お詫びしますが訂正はしません。