北朝鮮渡航記 第4話 現地のスタジオで『ドラゴ○クエスト ダ○の大冒険』を観た
さて翌朝の朝食であるが、スクランブルエッグにおかゆと牛乳、それから海苔という昨日と全く同じもの。
この時は何だか軽い目眩を覚えたよ。
結局、滞在中は朝飯と夕飯は判で押したように同じメニューの繰り返しだった。
夜はスクランブルエッグがプルゴギになるという。
これを数日繰り返すと曜日の間隔がなくなってくる。
昨日の食事内容も分からないのがボケ老人だとすると、何を食べたかは明確に覚えているが、それが何曜日だったのか判別がつかなくなるのは何中年と呼ぶのだろうか。
我々はデジャヴュを五日連続で体験したようなものなのだ。
普通は食事の時間というものは楽しみというか、一種の娯楽であるはずだ。何たって人間の持つ三大欲求のひとつなんだから。なのにここでは義務に近い。楽しくない。
時計を見て飯の時間だと分かると我々の間に、やれやれ……、というけだるい空気が漂う。
なんというか食事という行為が、死なないためにとりあえず栄養を口に入れているという、すごく消極的な行動になってしまったのだ。
昼飯だけが毎日違う内容だったのだが、朝と夕のインパクトが強すぎて、10年以上たった現在では昼食の印象が全く残っいない。
さて、朝飯の終わった我々は、北が用意してくれた一台のベンツと三台の日本車に乗り込んで、アニメスタジオに出発した。
■スタジオ訪問
このスタジオがすごかった。鉄筋コンクリートの四階建て。
えっ? どこがすごいんだって?
すごいですよ。だってこのビルはこのスタジオのアニメのスタッフがみんなで建てたんだから。土木建築の素人が。
Mさんの説明によるとスタジオのスタッフ中で心得のある者が設計図を引いて、これだけ資材をくださいとお上に提出すると、しばらくして認可が下りて資材が手に入るらしい。
で、スタッフ総出で穴を掘り、土台を作り、鉄筋を組んで、コンクリートを打って建設したという。すげーなー。
入り口ロビーには偉大なるエライ人親子の全身肖像画が壁にでかでかと描かれていた。
このあとあちこちの部屋を案内してもらったのだけれど、どの部屋にも親子の写真が額に入れられて飾ってあったなあ。
このビルの屋内が面白かった。
床の一部が何となく盛りあがっていたり凹んでいたり、配管が狂っているためなのか壁に湿った跡がついていたりする。
階段は一段ごとに微妙に高さが違っていたり傾いていたりするので、登っていくうちに何だか身体がふらふらとしてしまう。
素人建築のご愛敬というか、なんだかほほ笑ましかったです。
まあ素人と言っても、仕事のない時のスタッフはあちこちの工事現場や建築現場にかり出されているみたいなので、セミプロと言った方がいいかもしれない。
自分たちで作り上げたスタジオなのでそれは愛着があるそうな。
だろうなあ。
まあ、建物はともかく設備はそこそこそろっていて、大勢のスタッフが働いていました。
ひととおりスタジオを見学したあと、試写室でこのスタジオスタッフが作ったアニメ作品を見せてもらった。
この国の昔話を題材にしたファンタジーとフランスとの合作作品、そして『ドラ○ンクエスト ○イの大冒険』
私が一番良かったなあと思ったのはファンタジーだった。地味だがていねいに作られていて、このスタジオの作風をかいま見られたような気がする。
でも一番インパクトがあったのは『ドラゴ○クエスト ダ○の大冒険』
これはこのスタジオの首脳が営業をしに来日し、○映動画を訪問した時に、いきなり本番を任せるのは難しいということで、テストフィルムを作ることになったその映像。
東○動画から絵コンテと設定を北に持ってきて、日本人の手を借りずに作ったものだった。
だからコンテの解釈が誤解にあふれている。
たとえば、登場人物が驚いて「はっ」とした時の集中線。
普通なら早いタイミングでパカパカさせたりギュンギュン動かしたりするのだが、この映像では主人公に向かってたくさんの線がぬるーっと動いてゆく。すごくゆっくり。
他にも色々な誤解があるのだが、これは無理解とかミスというものではなく、一部の日本のアニメの映像表現が特殊で世界標準ではないからだと私は思った。
だって集中線というのは日本の漫画の表現手法の借用だもの。
だから日本の漫画を読みこなさない限り絶対に分からない映像表現だと思う。
だからこのことだけでこのスタジオを非難する必要はないと思う。でもぶっちゃけすごく変で笑っちゃいましたが。ごめんね北の人。
そのあとはメインスタッフと歓談の後にこのスタジオに別れを告げました。
そうそう、こちらでは監督という呼称はなく演出と呼ぶらしい。
監督という言葉には人の上に立つイメージがあるからだと演出の方が言ってました。感覚としてはスタッフ横並びということらしい。
帰りの車に乗り込む時にスタジオをふり返ったら、スタッフたちが総出であちこちの窓から手を振ってくれました。屋上からも振ってくれていたなあ。
この人たちには幸せになってほしいなあ。国は違えど同じ仕事をしている人たちだもの。色々と苦労しているみたいだし。
ホテルに戻って夕食のあと、編集のKさんの部屋に日本人だけで集まって今日の印象を語り合った。
そこで分かったのは、今日働いていたスタッフは我々訪問者のためにやらせで作業をしていたということ。
仕上げではそれぞれの机の上に絵の具のビンを一本だけ置いて色塗り作業をしていた。普通は数え切れない数のビンを用意しておくもの。
撮影ではシャッターは押していたが、マガジンのポッチ(すいません、名称を忘れてしまいました)が回っていなかった。
マガジンにフィルムが入っていればシャッターを押すとポッチが回転するんです。
実は私が撮影時代にはこれと同じことをしていました。仕事が暇な時に見学者が来ると撮影しているふりをするという。
きっとスタジオではあの時点で仕事がないのだろう。
経済状態が思わしくない国内だけではスタッフに与える仕事量を確保できないのだと思う。
仕事がなければスタッフたちは建設現場や農場に派遣されるのかもしれない。
だから日本の仕事が欲しいらしい。そうすれば外貨が獲得できてスタッフに仕事を与えられるという一石二鳥なわけだ。
あのスタジオがおかれた状況はほとんどが想像だが、そんなに外れてはいない気がする。
何だか自分たちは恵まれているのだなあと思いましたよ。
この世界情勢の中で大変であろう異国の仲間に心からのエールをお送りしたいと思います。
あのファンタジーのような独特の世界観を持った作品をいつまでも作り続けてください。
つづく